

敬虔な仏教国であるミャンマーでは、どのような地域においても大小に差はあれど至る所でパゴダ(仏塔)を見る事ができる。特にヤンゴンのシュエダゴン・パゴダのような100メートルにも達する著名なパゴダともなると、光輝く黄金の山のような出で立ちの姿に圧倒され、信仰の力強さに畏敬の念を抱かされる。
名も無き小さな農村部で見られるこのようなパゴダはせいぜい数メートル程度の物である。そこは、子供達の遊び場となり人々の憩いの場としてその景色に溶け込んでいる。都市部の巨大なパゴダとは打って変わり、ひっそりと佇む姿にどこか親しげを感じると同時に、信仰とそれに対する人々との本来の関係性が垣間見える。

国民の9割が仏教徒と言われるミャンマー。男性は一生に一度、出家し僧侶として修行を行う風習がある。ミャンマーでは、僧侶として修行し釈迦の教えを理解することこそが人生における最大の功徳とし、10歳前後になると得度式という出家の儀式を得て短期の僧院生活を送る。得度式を行い僧院で共同生活を経験した後1週間程度で還俗するが、本人の意思でそのまま一生僧侶として修行に勤しむ者もいる。
この得度式は釈迦が王子という地位を捨てて出家したことに由来する。親は出家する子のために財産を使って盛大な式を行うことを名誉とし、ミャンマー人にとって非常に重要な人生の一大イベントの一つである。


ミャンマーの地を踏むと至る所で目にする光景がある。それは老若男女ともに白い化粧の様なペイントを施した人々の姿である。化粧の様な、と言っても我々がイメージする美の追求を意識した繊細な物とは言いがたく、それは一見にして非常に大雑把な施しである。この白いペイントの正体は「タナカ」と呼ばれるミャンマー特有の伝統的な化粧で、ミカン科ゲッキツ属の木を粉末にし水を加えてペースト状にした物である。このタナカはスキンケアとしての日焼け止め要素が強く、日差しが強いこの地域の人々にとって馴染みの深い物である。
見慣れぬその姿に驚いてしまうこのタナカも、慣れてしまえばミャンマーの地で生活する人々にとてもよく似合う良き伝統だと気づかされる。だが、都会の若者にとってこのタナカも古い風習だとし、敬遠される傾向だという。ミャンマーの発展と共に、その良き伝統が失われぬ事を願うのみである。

上座部仏教を信仰とするミャンマー。現世での功徳を積むことが来世への幸せへとされ、在家信者は托鉢に回る僧侶にお布施をすることが功徳を積む行いの一つとされている。ミャンマーではこの托鉢に回る僧達の姿を至る所で目にすることができる。




黄金に輝くヤンゴンのシュエダゴン・パゴダ。高さ100メートルにも及ぶ巨大なパゴダは見る者に畏敬の念を抱かせる。日夜多くの人々が訪れ、その下で熱心な祈りを捧げる。その歴史は2500年前にも及び、インドにて釈迦と面会した商人が8本の聖髪を貰い受け、この地に奉納した事が始まりとされている。
その巨大で荘厳たる姿はミャンマー人の誇りそのものであり、神々しいまでもの輝きは街の郊外からも目にすることができる。



ミャンマーでは葉巻タバコが安価で非常にポピュラーな趣向品である。
ミャンマーの農産物は圧倒的に米が多く、それに従事する農家も同様に多く存在する。米が収穫できるまでの間、女達は家で葉巻タバコを生産し、男達は家畜の世話をしながら生計を立てる農家の姿も珍しくはない。



朝のお祈りをする少女。授業が始まる前、生徒達が一斉に経を読み上げる。
ミャンマーの教育制度は小学校から高校まで5・4・2の11年制である。学校では伝統的な衣装であるロンヂーという巻きスカートを制服として義務化されており、男女ともに白いシャツもしくはブラウスに緑のロンヂー姿を目にする事ができる。

ミャンマーの国土は基本的には亜熱帯気候に属するが、中央乾燥地帯と呼ばれる降水量の低い地域が存在する。このようなインフラ整備の乏しい乾燥地帯での農村部では水道管などの設備もないため、牛車に備え付けられた樽を用いて水を村へと輸送する。アスファルトの敷かれた人工の車道もなく、牛車が残す轍の跡は実に牧歌的であり、ミャンマーのゆったりとした情緒を醸し出している。

